GWは皆さん有意義に過ごしましたか?
ボクはGW中ずっと仕事。
そしてGW明けの今日、やっと休みが取れたので久しぶりにパチンコ店へ行ってきました。
結果――
財布に入っていた5万円は午前中で一瞬にして消滅。
現在、意気消沈しながら帰宅しています(笑)
でも不思議なんですよね。
昔みたいな「取り返したい!」って感情より、
「何やってんだろうな……。家でアニメ見てた方が有意義だったかもしれない」
そんな虚無感の方が強い。
昔は勝っても負けても楽しかった。
閉店まで平気で打てた。
なのに今のスマスロは、何故かすごく疲れる。
今日はそんな、
「自分の中で何が変わったんだろう」
という気持ちを少し書き残しておこうと思います。
……とか言いながら、多分また行きたくなるんですけどね(笑)
ボクの黄金期は5号機初期〜中期だった
ボクがスロットに初めて触れたのは5号機初期〜中期。
まだ4号機もホールに残っていて、パチンコ店全体に今とは違う熱気があった時代だった。
新台が入ればワクワクしたし、
雑誌を読んでいるだけでも楽しかった。
今思えば、5号機初期〜中期って
“勝つ”よりも“遊ぶ”ことに特化していた時代だった気がする。
もちろん勝てたら嬉しい。
でもそれ以上に、
「演出が好き」
「この台が好き」
「また打ちたい」
そんな感覚でホールに通っていた。
負けても笑いながら帰れる日が、確かにあった。
初代エヴァ、リンかけ、マジハロ、Devil May Cry 3、Sakura Wars、リオパラダイス、スカイラブ。
今の台と比べれば、演出も出玉性能もかなり控えめだったと思う。
正直、ゲーム性だけ見れば単調だったのかもしれない。
でも、確かにそこには“その台にしかない面白さ”が存在していた。
小さな演出で一喜一憂して、
ただRTに入っただけで嬉しくて、
気づけば閉店まで打っていた。
今みたいに、
常に強い演出が来るわけじゃない。
でも、だからこそ、
たまに来る熱い瞬間が本当に嬉しかった。
5号機後期ももちろん面白かった。
初代まどマギみたいに、
時代を変えた名機もあったと思う。
でも、“遊技”として一番楽しかったのは、
間違いなくこの時代だった。
万枚の価値観は変わった
5号機って、設定6でも3,000枚出ればかなり優秀だった。
万枚なんて、
全部が噛み合った先にある“称号”みたいな存在。
だからこそ、
店内で箱を積んでる人を見るだけで夢があった。
でも高設定は比較的安定していて、
「今日は良い台を掴めたな」
という安心感もあった。
何より、楽しかった。
それに比べて今のスマスロはどうだろう。
毎日のように、
どこかで万枚報告が出ている。
下手をすれば、
コンプリートという“その先”まで到達している台もある。
確かに夢は大きくなった。
でもその代わり、
高設定を掴んでも展開次第では普通に負ける。
むしろ大きく沈むことすらある。
演出は派手になり、
音は大きくなり、
常に強い刺激が襲ってくる。
気づけば短時間でもどっと疲れていて、
店を出る頃には頭痛や眩暈がする日も増えた。
今のスマスロって、
ずっと全力疾走してる感じがする。
刺激は強い。
でも、打ち終わった後に残るのは、
興奮より疲労感の方が大きい日もある。
それでも嫌いになれない理由
それでも嫌いになれないのは、
多分、あの頃の5号機の楽しさを今でも追い求めているからなんだと思う。
20代の頃。
友達と並んで座って、
「あれ熱くない?」
「それ入っただろ!」
なんてワイワイ騒ぎながら打っていた、あの空間。
勝っても負けても、
あの頃のホールには確かに“遊び場”みたいな楽しさがあった。
今のスマスロは、
性能だけ見れば昔より凄いのかもしれない。
でもボクが本当に好きだったのは、
出玉だけじゃなく、
あの頃の時間そのものだったのかもしれない。
今は家で“その続き”を楽しんでいる
そんな記憶を懐かしみながら、
最近は当時打っていた台のタイアップ作品を見る時間が増えてきた。

これが意外と面白い。
「あ、この演出ってここだったんだ」
「このキャラ、こんな性格だったのか」
昔は分からなかった発見が、今になってどんどん増えていく。
しかも最近は、
子供と一緒に見ることも増えてきた。
共通の話題ができるのって、
なんだか不思議だけど嬉しい。
昔はホールで夢中になっていた作品を、
今は家でゆっくり見るようになるなんて、
20代の頃は想像もしなかったな。
「もう疲れるだけだからやめよう」
そう思う日もある。
でも多分、また行く。
あの頃みたいな感覚を、
どこかでまだ追いかけているから。



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